今回のお題は「サーモンのコンフィ」です。
サーモンのミ・キュイ(半生)とも呼ばれ、オーストラリア・シドニーのレストラン「Tetsuya’s」和久田哲也シェフのスペシャリテ「タスマニアサーモンのコンフィ」が世界中のシェフたちに影響を与えたことで有名になりました。
つまりはオリーブオイルなどに生でも食べられるサーモンを浸して40〜45℃の、生とも火が入っているとも言えない微妙な温度帯で火入れをする料理です。
和久田シェフは、バットにサーモンを置き、ひたひたのオリーブオイルに浸してスチームコンベクションオーブンで加熱しています。
今どき、もっと手軽に作るなら冷凍用保存袋(つまりはジップロック)にサーモンとオリーブオイルをちょこっと入れて、湯せんタイプの低温調理器で加熱するかと。
では、普通に鍋にオリーブオイルを入れてコンフィを作ったらどうなるのでしょう?
目次
コンフィの誕生は16世紀

フランス料理におけるコンフィの誕生は16世紀ごろと言われています。冷蔵技術がなかった時代の保存調理法だったのです。
当然ながらスチコンも湯せんタイプの低温調理器もない時代のお話し。普通に鍋を焚き火やかまどにかけて作っても、それなりにちゃんと出来るから伝統料理として現代に伝わっていると考えるべきです。そしてそんな単純な道具でも「ちゃんと出来る」にはそれなりの理由があったはずです。
ということで今回は「Reproと鍋」だけを使って、温度管理が極めてシビアな最先端調理である「サーモンのコンフィ」にチャレンジしてみたいと思います。
コンフィを作る時の裏ワザ
Reproで低温のコンフィを作るときには、ある裏ワザが必要です。この詳細はこちらのコラム記事で紹介しました。
つまりこのコラムの結論は、油は水より粘性が高いので、鍋底で加熱された油が外部センサーに到達するまでにタイムラグがあり、温度管理に大きな誤差が生じるので、わざと外部センサーの先端を鍋底に接触させ、温度管理フィードバックを「過敏状態」にした上で、そもそもの設定温度を目標温度より2〜3℃高くするというものです。

少なくとも、このやり方で90℃前後のコンフィはうまくいきました。では45℃だったら同じ方法でうまくいくのでしょうか?
昭和のお風呂のドグマ
昭和の時代には、お風呂で水面を触ったら温かくなっていたので、お湯が沸いたものと思って入ったら、下の方はまだ水だったという事件?が頻発していました。そのトラウマかどうかはともかく、多くの人が水をぐつぐつに煮れば、激しく対流して温度は均一になるけれど、低温で加熱すると対流せずに「昭和のお風呂状態」になると思いがちです。粘性が高い油ならなおさら…
エントロピー増大の法則

ところで、この世界は外部からエネルギーを加えられない限り、すべてのものは「秩序ある状態」から「乱雑な状態」に向かい、決して元にもどることはない、というエントロピー増大の法則(熱力学の第2法則)に支配されています。
「乱雑な状態」というと「物が散らかっている部屋」みたいなものを想像してしまいますが、乱雑さが極まると、すべてが混沌とした、つまりは「均質化した状態」になります。
あいにく私はフィールズ賞もノーベル物理学賞も受賞したことがないので「ナビエ・ストークスの流体方程式」を解くことができません。
だから理論的な説明はできないのですが、低温でコンフィをしている鍋の中は「昭和のお風呂状態」に向かっているのではなく、エントロピー増大の法則が支配する世界=「均質化に向かう世界」なのではないかと想像しています。なんとなく…
コンフィはほっぽらかしの料理
なぜならコンフィは基本的にふたをした鍋を弱火にかけて長時間ほったらかしにする料理です。
もし弱火でふたをかけた鍋の中が「昭和のお風呂」のように上層の高温部分と下層の低温部分に分離していくとしたらコンフィはうまく作れず、500年にわたって「伝統的な料理」という地位に居続けられたはずがありません。
外部からエネルギーが加えられない ≒「鍋の中と外の熱収支がプラスマイナスゼロ」という状態を完全に作ることはできないでしょうが、例えばこんな風にしてみたらどうでしょう。
(1)蓄熱性の高い鋳鉄ホーロー鍋に油を入れてReproで45℃・1時間保温する。
(2)常温から45℃に到達して温度が安定するまでは油をかくはんする。
(3)温度が安定したらふたをずらしてかけ1時間放置する。
Reproは目標温度に到達したら、その温度をキープする最小限の火力でしか加熱しません。つまりその温度を維持するための最小のエネルギーしか加えないということです。
この状態で放置したら、1時間後には「昭和のお風呂状態」に近づくのか?それとも「エントロピー増大な世界」に近づくのか?
コンフィ実験開始

まず温度計2本を写真のようにずらして養生テープで。先端部分のズレは約2.5cm。

これをstaub ピコ・ココットラウンド16cmにセットして、鍋底に金網を敷き、オリーブ油500mlを入れます。
そうすると温度計の長い方がちょうど金網の上に置かれたサーモンの高さに、短いほうが油の表層近くに位置します。
この状態で45℃を目標に加熱します。「裏ワザ」で説明したとおりReproの外部センサーは鍋底に先端が接触するようにセット、設定温度は目標温度+4℃の49℃にしてみました。この状態で加熱スタート時点=常温から目標温度に到達するまではシリコンへらで、せっせとかくはんします。

目標温度に達して油温が安定したら、ふたをずらしてかけ、あとは1時間放置です。結果は…

予想通りです。少なくとも「昭和のお風呂」にはなっていません。昭和のお風呂との相違点は以下のとおり。
(1)お風呂と反対に表層の温度が低く、低層の温度がそれより約2℃高い。
(2)その温度差は1時間放置しても広がることはなく変わらない。
つまり、中途半端な「エントロピー増大状態」になっているということ。もちろん室温=45℃でない限り、完全に熱収支=プラスマイナスゼロの状態にはならないし、ふたが密閉されていないことも熱を外に逃がしている一因になっているしょう。
一方で、対流はほぼなく、低層から表層へゆっくり熱が伝播して常に一定の温度差を保っているように見えます。
表層の温度が低いのは、空気中に熱が逃げる出口になっているから。ふたが密閉されていれば温度差はもっと小さくなっていたかもしれません。
また室温との温度差が小さい=低温加熱であるほど、より温度差は小さくなるはずです。
設定温度=目標温度+2℃
いずれにせよ、低温で保温しても温度は一定範囲内で安定することは分かりました。ちなみに、目標温度プラス4℃に設定すると、
サーモンが置かれる位置の平均温度=47.2℃
表層の平均温度=45.1℃
になることが分かりました。つまり45℃でコンフィするための最適な設定温度は、
目標温度+2℃=47℃
なのでしょう。表層に近いほど温度は低くなるので、油のかさはそれなりにあった方が仕上がりが良いであろうことも注意すべきポイントです。
サーモンの45℃コンフィ

ということで、鍋内の状況も把握できたのでさっそくサーモンの45℃コンフィを作っていきます。作るにあたっては作家・料理家の樋口直哉さんのこのレシピを参考にしました。
このレシピの特徴的なところは、サーモンの味付けに単にマリネするのではなく「ブライニング」しているところ。もろもろの観点から合理的な気がします。
材料と分量

- 刺身用サーモン(タスマニアサーモンとかアトランティックサーモンなど)⋯200g
- オリーブ油⋯500ml
- にんにく⋯1片
- ローズマリー⋯2本
【ブライニング液】
- 冷水⋯360ml
- 塩⋯36g
- さとう⋯18g
【クレソンのピュレ】

- クレソン⋯2束(80gぐらい)
- キサンタンガム⋯材料総重量の1%目安
- 塩⋯材料総重量の1%目安
- 氷⋯約4個
- 水⋯50ml
【トッピング・付け合せ】
- 黒こしょう塩漬け(もしくは塩昆布)⋯適量
- セロリ⋯適量(1本の半分ぐらい)
- ディル(もしくはフェンネル)⋯適量
【セロリのマリネ調味料】
- 塩⋯適量
- レモン汁⋯適量
- 白こしょう⋯適量
- オリーブ油⋯適量
調理道具
- staub ピコ・ココット ラウンド16cm
- 鍋底に敷く金網
- ミキサー(Vitamix E310)
- 深型バット(ブライニング用)
ブライニングをする

まずサーモンをブライニングします。雑菌の繁殖を少しでも抑えるため冷水で。10%の塩と5%のさとうを溶かし、サーモンを深型バットに入れて冷蔵庫へ
かくはんしながら加熱

鍋にオリーブ油500mlを入れ鍋底に金網を敷き、目標温度=45℃(設定温度=47℃)に向けてReproで加熱をします。
目標温度に達し、温度が安定するまではシリコンへらなどで終始かくはんを続けます。
サーモンを45℃・1時間コンフィ

温度が安定したら、サーモンを投入。皮を剥き半分にカットしたにんにくとローズマリー2本も金網の上に。

あとはふたをずらしてかけて1時間コンフィします。
6時間冷ます

1時間経過したら、これも雑菌の繁殖を抑えるため氷水で一気に粗熱を取って、冷蔵庫へ。樋口さんによれば、冷ますことによって塩分がさらに浸透するということなので、そのまま約6時間冷蔵庫で冷まします。
セロリをマリネ

その間に、と言うか提供する直前になったら、付け合せに使う薄切りしたセロリを塩、レモン汁、白こしょう、オリーブ油でマリネします。切ったセロリの分量は1本の半分弱。調味料は味見しながら適当に。
クレソンのピュレ

クレソンのピュレを作ります。軽く茹でたクレソンと氷・水をミキサーに入れ、滑らかになるまでミキサーをかけます。

滑らかになったら塩と、とろみ付けのためにキサンタンガムを投入して、もう一度ミキサーにかけます。分量は塩・キサンタンガムとも材料総重量の1%を目安にしました。
サーモンのコンフィ完成

ということで、クレソンのピュレを敷き、マリネしたセロリを付け合わせ、黒こしょうの塩漬けをトッピングして、さらにフェンネルの葉を散らして完成です。
ちなみに加熱温度=45℃にしたのは、まったく個人的な好みです。40℃だと生々しくて、それなら素直に刺身で食べた方が美味しいなあと。45℃だと「火が入った感」が感じられます。
さらにフェンネルを使っているのは、単にディルが手に入らなかったから。「葉の形がディルに似ているからまあいいか…」みたいな適当さです。
でもフェンネルを使ってみると、あの独特な「茴香(ウイキョウ)感?」が結構イケています。(見栄えはディルの方がおしゃれですが)
そして火の入り方は当然ながらバッチリです。ミ・キュイとしてはそれなりに合格点かと思います。
【反省点】
キサンタンガムは総重量1%でも、とろみが付きすぎた。
茹でたクレソンと氷と水で総重量=約200g。これに対して2gのキサンタンガムを入れたのですが、結構とろみが付きすぎました。キサンタンガムの量は1〜1.5gぐらいで良かった気がします。
今後のチャレンジ
Repro的に言えば、鍋底に1cmぐらいの脚がある金網を敷けば、「本体センサー」使用でコンフィ出来るかもしれないと。
本体センサーを使用すると、
(1)鍋プロファイルが存在する鍋しか使用できない。
(2)外部センサーを使用するより温度管理精度が低くなる。
という制約がある代わりに、「鍋のふたを密閉できる」というメリットがあります。これはどちらが温度が安定するのか、そのうち実験してみます。
2つめは、今回の実験で油の代わりにフォン(だし)でもミ・キュイできるのではないかという可能性も見えてきた気が。
前段のブライニング工程を省略して、塩・さとうが入ったフォンでブライニング&味付けしながらミ・キュイってできないものですかねえ?
なんだか好奇心が無限に増大していきます…
「サーモンのコンフィ」というタイトルで、このレシピを公開しておきます。Reproユーザーの方はアプリで検索して参考にしてください。
ちなみに「裏ワザ」で設定温度を目標温度プラス何℃にするかは鍋によって異なるのでご注意を。





