和食の割り最終回 保温と蒸発の科学

発端はうどんつゆの量

 そもそもは、前回のコラム記事「関西風うどんと割りの科学」で、うどんつゆをReproの外部センサーをセットしたまま、鍋のふたをずらしてかけて90℃で保温していたら、2人分(=600ml強)あったうどんつゆが、30分後には111mlも減ってしまったという経験から。

ふたをきっちり閉めて加熱するとかなり蒸発量を減らすことはできるのですが、例えばうどん屋さん、そば屋さん、ラーメン屋さん、ひいてはホテルの朝食バイキングのスープなど、寸胴鍋のような大きな容器で、濃度を変化させず、かつ一定の温度で長時間保温したい場合どうすればよいのか?について今回は検証してみたいと思います。

最近はChatGPT先生に教わっています

 実は一定の条件のもとで、一定の温度の水分の蒸発量は方程式で求められます。でも最近はうろ覚えな学生時代の記憶を頼りにするよりも、素直に「ChatGPT先生」に聞いてみるほうが早いと分かりました。
素に質問すると小難しいことをベラベラ説明してくるのですが、「中学生でも分かるように説明してください」とお願いすると、急に平易に解説してくれたりします。

ChatGPT先生の口調

問題は、そうお願いすると「いい質問ですね!」とか「計算できるようになりましたね!」とか、突然、優しい教師口調になり、上からな目線を感じて軽くイラッとすることですかね。
「中学生でも分かるように説明してください」と言っただけで、「中学生に説明してください」とはお願いしてないんですけど…

蒸発の方程式

それはともかく、ChatGPT先生が教えてくれた蒸発量の方程式は以下のとおりです。

E = k ✕ A ✕ (Ps ー Pa)

  • E :1秒あたりに蒸発する水の量
  • k : 蒸発しやすさの係数(約0.01)
  • A : 水の表面積
  • Ps : 水の温度による蒸気の力(蒸気圧)
  • Pa : 周りの空気に含まれる水分の力(蒸気圧)

誤解を恐れず簡単に説明すると、
「k」 とは周りの環境を表す係数で、つまりは無風状態より風がピューピュー吹いていると蒸発しやすいということ。

「A」は鍋の場合「直径」ですね。つまり直径16cmの鍋よりも直径20cmの鍋の方が蒸発しやすいってことです。言い換えると鍋の直径が同じだったら、浅い鍋に水1リットルを入れようが、半寸胴鍋に水8リットル入れようが、時間当たりの蒸発量は同じってことです。

「Ps」は、「飽和水蒸気量」ってこと。例えば水温90℃の時にその水面直上の空間(つまりはほぼ90℃の空気)に気体の水分子が混ざることができる限界量ってこと。これはこれまでの歴史の中における実験で数値が厳密に分かっていますので、それを当てはめればいいだけです。

「Pa」は端的に言えば、その部屋の湿度です。湿度が低ければ低いほど鍋の水は蒸発しやすいって言う経験的には当たり前のことです。

ChatGPT先生の予測計算

と言うことで、先生にうどんつゆの場合の計算をしてもらいました。つまり直径16cmの鍋を室温25℃、湿度50%のキッチンにおいて90℃で一定に保温した場合、30分でどれぐらいの水分が蒸発するのか?を。すると…

予想水分蒸発量 = 25ml

でも実際には111mlも蒸発しています。先生に「もっと蒸発した」と訴えてみると…

ChatGPT先生の推理 換気扇の影響

先生はいくつかの推測できる原因をあげてくれたのですが、その一つが「換気扇の影響」。換気扇の下で加熱すると、換気扇に吸われた空気が動くので係数kが大きくなるのだそう。
先生によれば、鍋の1メートル上に換気扇がある場合の蒸発量の計算は以下のとおり。

  • 換気扇OFF  25ml
  • 換気扇(弱)約30ml
  • 換気扇(中)約37.5ml

う〜ん。それでも実際の結果とは程遠いですね…

やっぱり実験してみるしかない

 いずれにせよ環境によって計算結果は大きく動いてしまうので、これは実際に検証してみるしかないという結論に。
用意したのは、
KIPROSTAR(キプロスター)ステンレス寸胴鍋24cm
(Reproの基準水量 = 8.0リットル 満水量 = 10.0L)
KIPROSTAR(キプロスター)ステンレス寸胴鍋26cm
(Reproの基準水量 = 10.0リットル 満水量 = 12.0L)
ちなみに、この後の実験はいずれも実験室で行ったので、換気扇はありません。ほぼ無風に近い状態です。

【実験1】外部センサー・鍋のふたずらしで保温

まずReproの外部センサーを使い、写真のようにセットして、ギリギリのところまでふたをずらしてかけます。
この状態で加熱温度を、85℃・90℃・92℃の3つ設定して、外部センサーが液面に届かなくなるまで(ロングバージョンの外部センサーはプローブ部分の長さが17cmありますから約15cm水面が下がるまで)蒸発するのにどれくらいかかるかを検証しました。
まずはKIPROSTAR24cmから。


結論から言うと、この状態だと2.7リットル前後(センサーが届かなくなるまで水面が下がる量)の水分が蒸発するのに、これだけかかりました。

85℃の場合20時間30分
90℃の場合15時間45分
92℃の場合13時間30分

言い換えれば30分毎に、

85℃の場合177ml/30分
90℃の場合230ml/30分
92℃の場合266ml/30分

の水分が蒸発しているわけです。
同じ検証をKIPROSTAR26cmでもやってみました。

KIPROSTAR26cmの場合だと30分毎に、

85℃の場合200ml/30分
90℃の場合286ml/30分
92℃の場合302ml/30分

の水分が蒸発していることになります。KIPROSTAR24cmより蒸発量が増えているのは、ChatGPT先生の教えてくれた方程式通り、液面の表面積とふたずらしして空いている面積が26cmの方が大きいからです。
30分毎に302mlという蒸発量は結構馬鹿になりません。ラーメン屋さんやそば屋さんだったら、お客さんに出してもいないのに、30分ごとに「スープ(そばつゆ)1杯分」が消えていくということですから。そして当然ながら、その1杯分 塩分などの濃度も濃くなっていきます。
保温機能のないガス火やIHコンロで、温度が上昇して沸騰するのを防ぐためなのと、便利だから、という理由から おたまを鍋に入れたまま、寸胴鍋のふたをずらしてかけている光景をお店で見たりしますが、このデータから見ると、それはあまりお勧めできないでやり方のようです。

【実験2】本体センサー・ふたをきっちりかけて保温

 「ふたずらし」での保温はそれなりの蒸発量があることは分かったので、今度はふたをきっちり閉めて保温してみます。Reproの場合は、「鍋プロファイル」という機能があり、個々の製品に対応する適正なプロファイルを使えば、本体センサー(トッププレート中央に突起している温度センサー)で鍋底の温度を測温して、かなり正確に鍋内の液体の温度を予測しコントロールすることができます。設定温度の違いによる、おおよその傾向は外部センサーで分かったので、この機能を使って今度は保温温度=90℃のみに設定し、KIPROSTAR24cm・26cmの水分蒸発量を検証してみました。


24cmは満水量=10.0L、26cmは満水量=12.0Lです。16時間90℃をキープした結果は、グラフの通り。

24cmの蒸発量610ml
26cmの蒸発量620ml

1日8時間営業してもラーメン(もしくはかけそば)1杯分のスープしか蒸発しません。ほぼ問題のないレベルです。(これじゃ1杯も売れていないということになってしまいますが…)

「ふたを密閉した保温」の問題点ともっとリアルなシチュエーション

1杯も売れない店の話をしても手触り感がないので、もうちょっとリアルなシチュエーションを考えてみましょう。
例えば、もう少しお客さんの入るお店 ー 「15分に1杯ラーメンが売れるお店」を考えてみます。(それでもかなり経営が厳しそうですが)
もしくはホテルの朝食バイキングの味噌汁でもかまいません。15分に1〜2杯づつの味噌汁をお客さんがよそっていくと考えていきましょう。当然ながら鍋内の液体は次第に減っていきます。
Reproの場合だと、本体センサーでほぼ正確に設定温度をキープできるのは「基準水量を守った場合」のみと仕様上 定められています。例えばKIPROSTARの場合なら、

満水量基準水量
KIPROSTAR24cm10.0L8.0L
KIPROSTAR26cm12.0L10.0L

この表のようになっています。寸胴鍋すり切りいっぱいに液体を入れることもかなりレアなので、実用的な量として満水量の約80%を基準水量と定めてプロファイルを作成しています。これが寸胴鍋ではなく、もっと小さい普通の鍋であれば、満水量の約50%が基準水量となっています。
「基準水量」と言う名称などおり、この水量の水を入れた時に、鍋底が◯◯℃なら水温は△△℃という基準でプロファイルは作成されています。(かなり作成作業を単純化して説明していますが)
Reproほど高機能でなくても、「保温機能」が付いているIHコンロであれば、プロファイルこそないものの、保温自体は似たような仕組みになっていると思います。
ですから「基準水量」より水量が多い場合は、設定温度より水温は低くなり、水量が少ない場合は、温度は高くなるという誤差が生じるはずです。
そこで、基準水量から、さっきの15分に1杯=300mlづつ減らしていった時の水温の変化を計測してみました。まずはKIPROSTAR24cmから。

棒グラフが水量、折れ線グラフが水温の変化を表しています。基準水量8.0Lから15分毎に300mlづつ水量が減っていくので棒グラフはきれいな線形の傾斜で減っていき、6時間後には残り0.8Lまで減っています。
一方水温を示す折れ線グラフはスタート時点では90.5℃とほぼ設定温度どおりになっているものの、最後は93.3℃まで上がっています。
次にKIPROSTAR26cmを見てみましょう。

 こちらは24cmよりかなり優秀な成績です。スタート時点では90.0℃ピッタリ、6時間45分後(=元々10.0Lあった水量の残りが1.9Lになった時点)で90.9℃と温度上昇はなんとか1℃以下に抑えられています。24cmの場合、残り水量1.9L時点での水温は92.4℃だったので、それと比べると温度上昇は半分以下です。
最後は3℃近く上がるか、1℃弱で済むのか、という違いはあるものの、水温のグラフを見ていると、元の水量の半分になった頃から少しづつ怪しい雰囲気が漂い、残り2〜3Lぐらいになると明確な温度上昇傾向が現れています。

水量が半分=1℃下げる 残り2〜3Lでさらに温度を下げる

 Reproは1秒毎に0.1℃単位の温度変化を測定して、火力を1400段階という微細さで調節して温度をコントロールしています。かなり高度な温度管理機能です。温度管理の基礎になっている製品ごとのプロファイルも人間の手により0.1℃単位で検証を行っています。
それでもふたを密閉して、鍋底外側の温度センサーで測温・予測する方法だと、水量が減れば温度誤差は大きくなるわけです。
もっとシンプルな構造の機器であれば、温度誤差はさらに大きくなるでしょう。
鍋のふたを完全に閉じた状態で温度管理できる機器を使ったとしても、中のスープやつゆ、汁の量が

「半分になったら設定温度を1℃下げる、残り2〜3Lに減ったら設定温度を数℃下げる」

ぐらいが保温の安全なやり方なのかもしれません。

鍋の中身がカレーだったら…

 もし鍋の中身がカレーのように粘性の高い液体だったら、正直「お手上げ」です。粘性が高いと真水のような「対流」がほとんど起きません。鍋底が温められても、その熱は隣の分子から隣の分子へと地道に伝播していくだけです。
最近はあまり見かけませんが、昔のお風呂のように「表面だけ温まって、下の方はまだ水」の反対の現象が起きます。つまり、
鍋底だけが温まって、上の方はまだ冷たい
という状態になります。特にReproの本体センサーのように鍋底で温度をモニターしている高性能な機器であれば、鍋底は温まっているので、鍋の中身全体が温まったと「錯覚?」して自動的に火力を弱めてしまいます。(逆にシンプルな一定火力のIHコンロなら、今度は鍋底が焦げ付くという現象が起きてしまうわけですが)
この状態を解消する方法は、「頻繁にかくはんする」しかありません。
よくホテルの朝食モーニングで大きな鍋をIHコンロにかけて保温しているカレーを見かけますが、カレーを食べるお客さんが、おたまでよそう時に軽くかき混ぜる動作が、結果として「かくはん効果」を生んでいるのかなあ、と想像しています。

 ただカレーの保温については、ラーメンスープやそばつゆより有利な点もあります。

(1)保温したい温度が70℃前後で、水分蒸発量が相対的に少ない
(2)なんらかの保水効果のある物質(小麦粉やデンプンなど)で保水されているので、水分蒸発量がサラサラの液体より相対的に少ない

この2点を考慮すると、Reproの場合だと、あえて外部センサーをセットして、鍋のふたをずらして保温することをお勧めします。ただしその場合は、ちょっとした裏技が必要になることと、せいぜいポトフ鍋サイズの鍋にしか通用しない(つまりロングバージョンの外部センサーの先端が鍋底に接触できる鍋高であること)という制限があります。
この「裏ワザ」の詳細については、こちらをごらんください。

飲食店のワンオペ化が進む中の保温技術

 現在、美味しいラーメンを提供しているお店の多くは、スープは常温で寸胴鍋に保存し、注文が入ると小さな雪平鍋などに1杯分だけを入れて温め、どんぶりの中で「返し」と合わせています。スープが煮詰まらず、また酸化をできる限り進ませないためにはこれがベストですが、1杯の注文に時間がかかるのもまた事実です。
飲食店のワンオペ化が進む時代、汁物の保温技術がさらに進歩すれば多くのお店が助かるでしょう。

また人手不足も相まって、ホテルの朝食バイキングのようにセルフサービス化が進んでいる中で、保温技術の進歩はサービスされる側にとってもメリットは大きいはず。
だって旅行に行ったら、やっぱり朝から美味しい味噌汁やスープが飲みたいですものね。

5回シリーズでお届けした「和食の割り」の最後は、なぜか「保温と蒸発の科学」にたどり着いてしまいました。
でも、どうしたら長時間、美味しさ(=作りたての味)を保って保温できるか?という問題は、少子化が進み人手不足が進行する日本の飲食業界にとって、サービスを提供する側にも、される側にも、思いのほか切実な問題だと感じています。

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