そろそろ年末年始の準備を始める季節になりました。今年こそは年越しそばも手作りしたいと思うも、そばを打つ勇気も場所も技術もなく…
そこでせめて「そばつゆ」(正確には「かえし」と「だし」)だけでも手作りしてみようと思い立ち、ネットでそばつゆの作り方を検索していたら、このヒゲタしょうゆさんのサイトに行き当たりました。
目次
プロ用レシピと家庭用レシピ
このサイト色々な意味で興味深いのですが、一つづつ順を追って見ていきましょう。
まずこのサイトはなぜか「プロ用レシピ」と「家庭用レシピ」に分かれています。
比較してみると、プロ用は「そば膳」、家庭用は「本膳」と使うしょうゆの種類が違う。きっと「そば膳」はそばつゆを作るために特化した美味しいしょうゆなのでしょう。ただ最小単位で1.8L=一升瓶しかないので、家庭用には小さいサイズもある本膳を使用しているようです。
そして当然ながら作る分量が違います。プロ用はかえしを作るのに「そば膳」の一斗缶(18L)を使っているので、仕上がりが20L超になってしまいます。家庭用は「本膳」の360ml瓶を使っているので、仕上がりは500ml弱です。なので今回作ってみるのは、しょうゆの種類と分量は基本的に「家庭用レシピ」に従い、作り方は「プロ用レシピ」に準じることにします。
伝統的なかえしは一斗一升一貫目

本かえし・生かえしともにプロ用のレシピの分量は以下のとおりです。
- そば膳⋯一斗缶(18L)
- みりん⋯一升(1.8L)
- 砂糖(白双目糖=ザラメ)⋯一貫(3.75kg)
まさに江戸時代からの伝統的なかえしの分量「一斗一升一貫目」というやつですね。
現代的かつ少量の単位に直すと、
- しょうゆ⋯1L
- みりん⋯100ml
- 砂糖⋯208g
ということになります。これってちょっと甘すぎかなあ、とも感じるのですが、江戸時代の「貴重品の砂糖をたくさん使うのが上等な料理」的な価値観の影響ですかね…
それとも昔の単位まんまの1:1:1で覚えやすかっただけなのか…
とにかく砂糖の分量については後ほど検討することにしましょう。
60℃で砂糖・80℃でみりん・85℃で加熱終了

ここが、このレシピで作ってみようと思った最大のポイントなんですが、なんと「プロ用レシピ」の「本かえし」には明確な温度で加熱工程が指示されています。
まさにReproの出番です。
- しょうゆを60℃まで加熱したら砂糖を投入
- 80℃まで加熱したらみりんを投入
- 85℃で加熱停止
ちなみに、どうしてこの温度なのかはまったく分かりません。60℃で砂糖を投入するのは、このぐらいの温度帯なら双白糖が溶けやすいのかな?とか、85℃で火を止めるのは沸騰させないためなのかな?とかうっすら想像はできますが、みりんはなんで80℃なのか?そもそもなんで最初からみりんを入れてしまわないのか?も理由が分かりませんし。
みりんのアルコール分が飛びませんが?

でも、この加熱工程だとみりんのアルコール分が飛びませんよねえ?
他のどのサイトを見ても、 みりんを煮切っているようですが…
でもコレ間違いなく「確信犯」です。
「生かえし」を作るレシピでは、みりんを煮きるように明確に指示していますし、本かえしの家庭用レシピでは、明確な温度こそ指定していないものの、同じような工程を指示しています。
相対的に少量のみりんなので、この温度帯でもアルコールが蒸発するのか、仮に完全に蒸発しなくても良いと判断したのか…
まあ、どちらにしても興味深いのでこのレシピに従うことにします。
家庭用レシピの分量

家庭用レシピの分量は以下のとおりです。
- 本膳しょうゆ⋯360ml(1本)
- みりん⋯36ml
- 砂糖⋯65〜70g
しょうゆとみりんの比率はプロ用と同じですが、砂糖の分量がなぜか若干少なめになっています。本膳とそば膳の味(成分)が違うのでしょうか?砂糖の分量に関係するような成分表示を見てみると。
【食塩相当量(大さじ1杯あたり)】
そば膳⋯2.5g
本膳⋯2.4g
【糖質(大さじ1杯あたり)】
そば膳⋯1.7g
本膳⋯1.9g
大さじ1杯(15ml)あたりの食塩相当量で0.1gそば膳の方が多く、糖質で0.2g本膳の方が多いようです。これを家庭用レシピに割り戻すと本膳がそば膳より糖質で4.8g多いことに。たぶんこの分を砂糖の量で調節しているのかな?小さい差に見えても実は重要なんですね。
さらに家庭用レシピには、
※本膳以外のしょうゆをお使いの場合は、砂糖の量を増やしてお好みの味に調整してください。
という但し書きまで。

ちなみにキッコーマンのしぼりたて生しょうゆ(濃口)の成分表示を見ると、
食塩相当量⋯2.3g
糖質⋯1.7g
です。本膳より大さじ1杯あたりの糖質が0.2g少ないので、キッコーマンの場合、5g弱目安で砂糖の量を増やして調節しなさい、ということなのですね。
Reproレシピ
ということで、砂糖少なめのキリッとしたそばつゆが好きだという個人的な主観に従いReproレシピ「そばの本かえし」の分量は以下のように決めました。
- 本膳⋯360ml(1本)
- みりん⋯36ml(41g)
- 白双目糖⋯65g

加熱工程は「プロ用レシピ」とまったく同じ60℃で砂糖を投入、80℃でみりんを混ぜる、85℃に達したら加熱停止です。さっそく作ってみましょう。
本膳を60℃に加熱して白双目糖を投入

直径14cmの鍋に、本膳1本(360ml)を入れて60℃に向けて加熱します。

60℃に達したら白双目糖を投入します。

60℃をキープして白双目糖が完全に溶けるまでかき混ぜます。

白双目糖が溶け切ったら次は80℃を目指して加熱します。70℃あたりから表面に泡と言うか膜のようなものが出来始めます。
80℃でみりんを投入

80℃に達したらみりんを投入して軽くかき混ぜます。
85℃で加熱終了

85℃に達したら加熱終了です。

ほこりが入らないように鍋にガーゼをかけて蒸気が抜けるようにして放熱します。
本かえしを寝かせる意味
さて、ここからが悩ましいところです。元レシピには、
「涼しい場所で1週間ほど寝かせたら、完成です。」
としかありません。よく「寝かせるとしょうゆの角が取れてまろやかになる」とか言いますが、そもそも本かえしを寝かせるとどんな変化が起きるのでしょうか?
これについては1992年に日本食品工業学会誌に掲載された「そばつゆ用かえしの“ねかし”が品質に及ぼす影響」という論文が言及しています。
この論文を要約すると、
(A)容器の口を開けたまま1週間寝かせた本かえし
(B)密閉容器で1週間寝かせた本かえし
(C)寝かせていない本かえし
の3群を官能評価してみたら、BとCはほとんど変わらず、Aが美味しくなっていたいうこと。それでA群の「寝かせ」の間に何が起きているかと言うと、以下のとおり。
(1)エタノール(きっとみりんのアルコール分でしょう)が蒸発した。
(2)イソブチルアルコー ル, n-ブチルアルコール,イソアミルアルコールが蒸発した。
(1)については、後からエタノールを足してみたけど官能評価に変化はなかったので、美味しくなった理由は、みりんのアルコール分が減ったからではないだろう、と。
他に酸化や微生物による何らかの醸成・変化は官能評価に関係なし。
最終的に論文では「高蒸気圧な成分」=つまり(2)の成分 が減少することが美味しくなった原因だろう、と推定しています。
この(2)の物質、実は全部「しょうゆの香り成分」です。
つまり「しょうゆの角が取れてまろやかになる」って、単に「しょうゆの香りが飛んだ」ってことになってしまいますが⋯
みりんを煮切らないのはアゼオトロープ効果のためだった⋯
いささか拍子抜けな結論ですが、この論文を読んで、ようやくみりんのアルコール分を飛ばさなかった元レシピの狙いが理解できました。
いわゆる「アゼオトロープ効果(共沸)」を利用していたのですね。
この共沸とは溶液の中に沸点が低い物質が混ざっていると、それに引っ張られるように沸点の高い物質も蒸発してしまう、というものです。
エタノールは78℃と沸点が低く蒸発しやすい物質です。一方しょうゆの香気成分である高級アルコール類の沸点は108〜132℃ぐらい。
これがエタノールの蒸気相に乗って揮発しやすくなるので、一層香気成分が揮発していくという仕組みです。
自分で実験していないので、どれだけ揮発しやすくなるのか保証の限りではありませんが、論文の実験でも75℃で湯せんしているので、みりんのアルコール(エタノール)は飛んでいません。にも関わらず9日後にはエタノールも香気成分も激減しているので、たぶんそうなのでしょう…
80℃でみりんを入れたのも、エタノール単体の沸点=78℃を超えた瞬間に投入させるという計算なのでしょう。
このやり方 誰が考えたんだろう。すごいな⋯
1週間ふたを開けたままだと⋯

とは言え、です。実は以前に一度ふたを開けたままガーゼを被せて「本かえし」を作ったことがあるんですが、「冷暗所に…」と言われても、今どきの集合住宅に「冷暗所」なんてありません。しょうがないのでクローゼットにしまってみたら…
ものの見事に、すべての洋服が「しょうゆ味」もとい「しょうゆ臭」に。
職場でも「なんか美味しそうなスーツですね。」と言われるぐらい。つまりはそれだけ、しょうゆの香気成分が飛ぶわけです。
なので今回は密閉容器に移して1日だけガーゼを被せてふたを開けて放置するという妥協案で。その後は密閉して冷蔵庫へ。これで1週間寝かせます。(論文の実験結果からすれば「無駄なあがき」ですが…)

次回後編は「だし」を取り、1週間寝かせた「本かえし」と合わせます。本かえしのReproレシピは、こちらをごらんください。もちろん他の部屋に匂いが漏れない「冷暗所」をご用意できるお宅なら「開放系での寝かせ」をお勧めします。





