よく和食のプロたちは「素人でも一番簡単に失敗なく作れる魚料理は煮魚」と言ったりします。確かに魚の切り身を買ってきたり、丸ごと煮られる小さいサイズであれば、そもそも「魚をおろす」という、慣れない方にはややハードルの高い作業がありませんしね。
ただ不安な点も。「美味しくきれいに煮られるのかな?」というのはもちろんですが、それ以外にも…
目次
実際に煮魚を作ってみると悩ましい…
(1)うまく炊けても鍋から皿に盛り付けようとしたら身崩れした
これ、経験ありませんか?
スーパーで売っているかれいとかで、長さが結構あって、なのに幅が細い。大きめのフライ返しを使っても鍋から持ち上げて皿に移そうとする瞬間にボロっと…
かれいの切り身は大きいのになると長さ20数センチありますから、この事態を回避しようとすると、高さが低くて側面に傾斜がついているフライパンで煮て、フライパンを斜めにしながらフライ返しで切り身を少しづつ横にスライドさせてお皿に軟着陸させるしかないとか。
そもそも20数センチの切り身が入る鍋なんて持ってないよ!という話も。
(2)フライパンで煮たら吹きこぼした
というわけでフライパンで煮てみると、側面が低くて、弱火にしていたのに、はっと気がついたら吹きこぼしてしまった、という経験をした方もいらっしゃいませんか?
そこで今回は、この2つの問題点、つまりはフライパンで煮ても吹きこぼれる心配のない煮魚をReproで実現しようというたくらみを実験します。
まずは参考レシピを
まずは実験に使う教科書レシピですが、今回も料理家の樋口直哉さんのYouTube動画を参考にさせていただきました。このレシピでは「なめたがれいの煮付け」を作っています。
「魚の煮付けは煮付けない」
相変わらずキャッチーなタイトルですねえ…
詳細はこの動画を見ていただければ良いのですが、このレシピの概要は以下のとおり。
(1)80℃で約1分間 かれいを湯通し。その後 冷水に浸してうろこや血の塊を掃除する。
(2)鍋にかれいと煮汁を入れ、落としぶた(落としペーパー)をかけて、いったん煮立たせたら、すぐに弱火に。
(3)そのまま8分加熱。
(4)火を止めて、そのまま5分間余熱で火を通す。
材料は以下のとおりです。
- なめたがれいの切り身⋯2切れ
- しょうゆ⋯大さじ4(60ml)
- 砂糖⋯大さじ2〜3
- 酒⋯200ml
- 水⋯100ml
- 昆布⋯5cm角
樋口さんは砂糖の分量について「個人的には大さじ3」と書いていますが、そのとおりで私も大さじ3の方が美味しいと思います。決して甘いのが好きなわけではないんですが、大さじ2だと「しょうゆの塩味が立ち過ぎる」と感じてしまうからです。
このレシピを元にフライパンを使ってReproで「煮付けない煮魚」を作ってみましょう。
Reproではフライパンは炒める道具です
Reproでは正確な温度管理をするために、「何の温度を管理するのか?」を明確に指示してあげる必要があります。(煮物にも揚げ物にも炒め物にも使える機械ですからね)
水温ターゲット⋯水(煮汁)の温度を制御する→主に鍋とかポットなど
油温ターゲット⋯油の温度を制御する→主に揚げ鍋など
表面温度ターゲット⋯フライパンや炒め物にも使える鍋、グリルプレートなど

そしてこれらの温度ターゲットに合わせた製品ごとのプロファイルという温度管理用データを使って正確な温度管理を実現しています。
何が言いたいのか?と言えばReproにとってフライパンはあくまで「炒め物に使う道具」で、煮汁を入れて水温や沸騰具合を制御する対象ではありません。
ただしフライパンを使って煮物などを作る方もいらっしゃるので、最近は深型のフライパンについては水温ターゲットのプロファイルを用意しているものもあります。しかし少なくとも今回の実験に使うフライパンは水温ターゲットのプロファイルをまだ持っていません。
なのでフライパンに煮汁を入れて最適な火力で沸騰させるには、フライパンの表面温度を何℃にすれば良いのか?を推測してあげる必要があります。さらにこの温度はフライパンの大きさ・材質や煮汁の量によって変わってしまいます。
とは言え、ある一定量の水が沸騰するのに必要なフライパン底の温度ですから、沸点前後
であることは間違いありません。煮汁の量を決めて、常に同じフライパンを使うと決めていれば、1〜2回もやってみればすぐ最適な加熱温度が分かるはずです。
それに、この「フライパンの表面温度で煮汁のグツグツ具合を制御する」という方法には、ある大きなメリットがあります。それについては後ほど⋯
なめたがれいの切り身のサイズが⋯

近所のスーパーで買ったなめたがれいの切り身がこれ。切り身の幅は身崩れしてくれと言わんばかりの3.5cmしかありません。のっけから手ごわそうです。
これならなんとか直径20cmのフライパンに入りそうではありますが。
【お買い物のポイント】煮魚をきれいに作りたい時は、長さが短くて幅が太い切り身を選びましょう。
実験の分量・調理道具
基本的に材料・分量は樋口さんのレシピのとおりです。
樋口さんの動画ではなめたがれいの切り身を2切れ同時に煮ていますが、実験なのでまずは1回に1切れづつ煮ることにします。
ただし煮汁の分量は元レシピと同じにします。理由はこちらの写真のとおり。

使用しているフライパンはSCANPAN CTX20cm。そこに1切れしか入れていないので、元レシピ通りの分量の煮汁を入れても、樋口さんの動画のような「ひたひた具合」より「かさ(嵩)」が低くなります。
ただこのぐらいの煮汁の量でもなんとかなりそうですし、このフライパンに2切れ入るのかな?というのもありますし⋯
やっぱり煮魚の成功・失敗を決める最大のポイントは「ジャストフィットする鍋(フライパン)を選ぶ」ということに尽きるかもしれません。
ちなみに元レシピの分量で煮汁を作ると約400mlになります。
まあ、樋口さんも動画の中で、煮汁が足りない時は水を足して、後で煮付けた魚をお皿に移してから、煮汁だけ煮詰めればよいとありますし、このままの分量で行きましょう!
80℃で湯通し&掃除

最初の工程は80℃で約1分間湯通しして、うろこや血の塊を掃除します。この時に大事なのは、かれいやひらめなどの皮の繊細な魚は、保温しながら(=加熱しながら)湯通ししてはいけない、ということです。
加熱しながらだと熱い鍋底に触れた皮が破けたり、ひっついてしまうことがあるからです。実験では80℃まで水温を上げたら、いったん加熱を止めて1分間余熱で湯通ししました。

1分間湯通ししたら冷水に移し、残っているうろこや血の塊を掃除するのですが、その時点でごらんのように、すでに皮がボロボロになりかけています。
通常、魚の湯通しは80℃前後と言われていますが、皮が繊細なかれいやひらめの場合は70℃ぐらいがベターだと思います。
Reproレシピにする時は湯通し温度=70℃にしたいと思います。
そして「約1分間」というのも正直厳しいです。かれいを本当にきれいに煮たかったら湯通しの温度と時間は、
「70℃で30秒間」
をお勧めします。
実際には30秒にもこだわらず、表面が白くなり、皮が縮み始めたらすぐに引き上げて冷水に浸してください。
煮汁と合わせて落としペーパーをかけてひと煮立ち

ということで、いよいよフライパンに煮汁と切り身を合わせてReproで火にかけるわけですが、樋口さんの動画を見ると、この写真の沸騰具合ぐらいで一瞬「ひと煮立ち」させれば良いようなので、Reproレシピでは「表面温度=108℃で1分間」という設定にしました。
直径20cmのフライパンに400mlの煮汁が入っていれば、そう簡単に表面温度=108℃になることはありません。
この温度設定は何しろ「いったん強めに沸騰させる」ためのフェイク?で、Reproでは、ひと煮立ちした瞬間に次のステップに移行して(=スキップボタンを手動でタップして)温度を下げることにしています。
なので生真面目に「108℃で1分間待つ」ことはしないでください。吹きこぼれます。
普通のガス火で言えば「一瞬煮立ったら、すぐ弱火にしてください」という意味です。

ちなみに落としぶた代わりには、いわゆる「セパレート紙」と呼ばれる、本来は「せいろ」の底に敷いたりするのに使うもので、表面がシリコン樹脂加工されている丸い紙です。
98℃で8分間加熱

ちょこちょこ表面温度を変えてみた結果、煮汁400mlと直径20cmのSCANPANと切り身1切れの組み合わせの場合は表面温度=98℃にするのが良い感じでした。
これでもちょっとグツグツ具合が強く見えるのは、煮汁のかさが足りなかったので切り身上部に火が通らないことを心配したから。
煮汁のかさがちょうど良いあんばいだったらもう少し低い温度でも良いのかもしれません。
実際には煮汁のかさと切り身のバランスで細かい温度調節をしてみてください。
Reproが吹きこぼれを自動制御
さてここからが、今回のコラムのハイライトです。Reproでフライパンの表面温度を使って沸騰のグツグツ具合を制御するとどうなるのか?を動画で撮影してみました。
少しでも変化を分かりやすくするために2倍速で編集してあります。
よく見ると、まるで呼吸しているかのように煮汁の泡が膨張したり縮小したりを繰り返しているのが分かります。
もっと粘性のある、例えば「サトイモの煮っころがし」などでやると、このまま吹きこぼれるのかな?と思った瞬間に火力が弱まって、吹きこぼれを自動的に回避する様子がはっきりと分かります。
フライパンの表面温度で沸騰具合を調節すると、表面温度を何℃にすれば良いのか?を探る必要はあるのですが、その最大のメリットは、
「適正な表面温度が設定できれば、吹きこぼれの心配がない煮物調理ができる」
ということなのです。これ意外と画期的じゃないですか?
吹きこぼれの原理とReproの挙動

水が沸騰するとボコボコ泡が出ます。でも真水なら吹きこぼれることはまずありません。
真水の粘性は低く、表面張力が小さいので、真水の泡が「生存できる時間」はとても短く、外気を遮断する「壁」にはなれません。
なので外気に逃げる気化熱と、沸騰した水に下から加えられる加熱量がバランスして吹きこぼれることはありません。
しかし煮汁に粘性があると泡の生存時間が延びます。そうすると表層の泡が消える前に、その下に泡ができ、さらにその下にも⋯ という具合に、加熱量がある「しきい値」を超えた瞬間に、連鎖反応(チェーンリアクション)が発生し、泡が外気と鍋の煮汁の間を遮断する ー つまり鍋にふたをしたような状態になる ー ので「吹きこぼれ」が発生するわけです。

このチェーンリアクションが発生している時は気化熱量が減るので煮汁はほんのわずかだけ温度上昇しています。Reproは毎秒0.1℃単位の温度変化をモニターしているので、この煮汁の微細な温度変化をフライパン越しに検知して、「あれ?温度が上昇しているから火力を下げなきゃ」と出力を再計算します。
つまりReproは、本当は「吹きこぼれ」そのものを検知しているのではなく、「吹きこぼれの前兆現象にともなう温度上昇」を検知して火力を自動的に下げているのです。
まあ例えて言うなら「南海トラフ巨大地震を予知するために、海底のわずかなスロースリップ量を日頃から観測している」みたいなことでしょうか⋯
規模がまったく違いますが(苦笑)
この仕組みのおかげで高さの低いフライパンでもReproなら安心して煮魚を作ることができます。ということで今回はあえて小さいフライパンで煮魚してみたわけです。
5分間余熱で火を入れる

話を戻します。98℃で8分間加熱したら、そのまま5分間、火を止めて余熱で火を入れます。

あとは身崩れしないように細心の注意を払って皿に盛り付けるだけ。大きめのフライ返しなどでそ〜っと、と言うところですが何回か実験して得た結論は、
「粗熱を取ってからニトリルグローブを両手に装着して手で持ち上げて皿に移す」
が最もきれいに盛り付けられる方法でした。この写真は2回目の実験で出来上がった煮魚ですが、70℃1分間の湯通しをした時点で、卵の部分の皮が破けてしまっています。なので前述したように「70℃30秒間」をお勧めします。それでも…

これよりはだいぶ進歩しています。これが80℃1分間の湯通しをしたバージョンです。すでに皮がボロボロになっていますね…
まあ表面温度を色々変えて実験したので火が入り過ぎたというのもあるのですが。
実際2回目を食べてみると、かなりふんわりした極上の仕上がりでした。これまで自分で作った煮魚の中で最高傑作かも、という感じです。
ということで、最終的に確定したReproレシピは以下のとおり。

最後のSTEP08は、煮汁が薄い時に煮詰めるためのステップです。煮汁のかさが足りなくて、水で薄めた場合などにご使用ください。
今回の実験では、元々400mlあった煮汁が100ml弱煮詰まって、最終的な煮汁は、
可溶性固形物濃度⋯22.5%
塩分濃度⋯2.05%
でした。
塩分濃度でみると、かなり濃い(塩分がある)な、というラーメンスープぐらい。もしくはちゃんと味がついている味噌汁の約2倍ですから、これでも十分に味はついているという気がします。
Reproユーザーの方は、こちらのレシピをアプリで検索して使ってみてください。
【実験のまとめ】 96℃〜102℃の間で調整
なめたがれい⋯1切れ
煮汁⋯400ml
フライパン⋯SCANPAN CTX20cm
の組み合わせでは「98℃で8分間加熱」でした。
少なくとも煮汁=400mlと直径20cmのフライパンという組み合わせなら、最適な表面温度は96℃〜102℃の間にあるはずです。
一回試してみる必要はあると言うもの、このレシピを元に沸騰具合をみながら加熱温度を1℃づつ動かしてみる、というだけですから、そこまで大変ではないと思います。そして1回決まってしまえば、その後は「吹きこぼれ知らず」で「ふっくら仕上がり」が保証された?楽チンワールドが待っているのですから。
【追 記】Reproユーザーの方へのご注意
この「吹きこぼれ防止機能」は、SCANPANや中尾アルミさんのキングフロンフライパンなど熱伝導率と蓄熱性のバランスが良いアルミ・ステンレス多層構造のフライパンでないとうまく作動しない可能性があります。
鋳鉄製など蓄熱性が高く熱伝導率が低いフライパンの場合、微細な温度変化がRepro本体の温度センサーに伝わるまでに大きなタイムラグが発生します。つまりReproが温度上昇に気付いた時にはすでに吹きこぼれしている、という事態になることも。
言うまでもなくプロファイルが公式アプリで提供されていないフライパンは、そもそも正確な温度管理ができないので動作保証外だと言うことはお忘れなく。



