ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(4)まとめ編

実験方法の改良

これまでの「ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(1)〜(3)」での実験を踏まえ、現時点で最も合理的と思える実験方法を考えてみました。

(1)冷蔵庫から出した4cm角立方体の肉(うちの冷蔵庫では中心温度=3℃前後)を45分間室温で「常温戻し」する。
(2)常温戻しした肉を40℃・9分間の湯せんにかけ、10分間休ませ中心温度を上昇させる。
(3)30秒ごとに6面を焼いていく「FLIPステーキ+休ませ時間」の組み合わせを中心温度が上昇しなくなるまで繰り返し、中心温度の極限値(収束値)を求めてみる

休ませ時間を変えて加熱温度=140℃の場合の極限値(収束値)を求める

まずは前工程の
(1)45分間の常温戻し
(2)40℃・9分間の湯せん
(3)加熱温度=140℃
と「休ませ時間」以外の条件を同一にして、休ませ時間の長短により最終的な極限値(収束値)がどう変わるのかを実験してみます。
実験の方法はシンプルで、単に休ませ時間を変えながら中心温度の上昇が止まるまでFLIPステーキのターンを繰り返してみるだけです。

作業工程がせわしなくなるので、「休ませ時間の最小単位=2分」とします。ですから「2分」から次第に休ませ時間を増やしていき、中心温度の極限値(収束値)を求めていきます。

Reproのマルチステップとしては、ごらんのようになります。前回との変更点は「休ませ時間」をタイムラグなく、ほぼ時間通りにするため、STEP12(赤枠内)が「待機ステップ」→「140℃の加熱ステップ」に変更してあります。このステップの時間を2分から次第に増やして、

極限値(収束値)の値がどう変わるのか?
何ターンで極限値(収束値)に至るのか?


を見ていきます。

この表を見ると、 2分・3分・3分30秒・4分の検証をしただけで、のっけから暗雲が立ち込めていますね。
休ませ時間が増えれば増えるほど極限値(収束値)は下がっていくと思いきや、一番休ませ時間が長い4分の場合が62.8℃と一番高くなっています。「最適な加熱温度と休ませ時間の組み合わせ」を見つけるのは想像よりかなり難しいようです。
また収束するターン数も休ませ時間が長くなるにつれてターン数が増えると想定していたのですが、そうでもなく、なぜか「休ませ時間=3分」のパターンが最も早く6ターン目(実質5ターン目)で収束しています。

加熱開始温度(=湯せん時間)を上げることでターン数を減らすことはできるか?

ここは気を取り直して、まずは最も少ない6ターン(最後のターンは確認なので実態的には5ターン)で収束値に達している「休ませ時間=3分」を使って、「加熱開始温度=湯せん後の温度」を上げることで、収束値に達するターン数を減らすことができるのか実験してみましょう。
湯せん温度=40℃なので、肉全体の温度が均質化するまで長時間湯せんすれば、「ほぼ40℃(=湯せん温度)」になります。そして、その場合は「常温戻し」をしなくても、温度の均質化は十分になされているはずです。
なので、ここからは「常温戻し」を割愛して、冷蔵庫から出したての肉を、そのまま湯せんにかけてみることにします。そしてこれまでと同様に140℃・30秒 x 6面のFLIP+休ませ時間3分を繰り返してみます。

【発見1】
「加熱開始温度=湯せん後の温度」を変えても極限値(収束値)に至る回数にほぼ変化はなく、ただグラフの傾きが緩やかになるだけ。

う〜ん、これは残念です。

【発見2】
「3ターン目と4ターン目の温度差」(=極限値近くの中心温度上昇グラフの傾き)が極めて小さくなる。

これは温度を安定させ、タイムラグがある中心温度の上昇を予測する上で有利な情報です。
湯せん9分(34.1℃)でスタートすると2.0℃あったのが、湯せん25分(38.2℃)だと1.6℃、湯せん45分(39.9℃)だと1.1℃しかないことです。
FLIP加熱のターンを1回増やしても1.1℃しか上昇しないということは、3ターンで終了して休ませれば、少なくとも温度上昇は1℃以下、実際には、ほとんど温度上昇はないでしょう。

【発見3】
極限値(収束値)は室温の変化の影響を敏感に受ける。

これもちょっと残念な結果です。
9分と30分の極限値(収束値)が58.9℃なのに対し、45分の極限値(収束値)は58.3℃と0.6℃下がっています。
これはたぶん室温の差が影響したものです。「9分」と「30分」は2月としては異常な暖かさで外気温が22℃まで上がった日に、そして「45分」はその翌日、外気温が平年並みの7℃に戻った時に実験したものです。
極限値(収束値)はフーリエの法則に従い、「室温との温度勾配(温度差)」によって決定されますから、最終的な極限値を追求してしまうと「室温に対してかなりナーバス」だということが分かります。
実際のキッチンでは、他に加熱する調理作業もあるでしょうから、室温を完全に一定に保つことは現実的に不可能です。

ここまでのまとめ

(1)加熱開始温度を変えても極限値(収束値)に達するターン数は変わらないので、「適正なターン数=3回」という条件の中で、極限値(収束値)それ自体を利用することはできない。

(2)極限値(収束値)を目指した場合、室温の変化に影響されるので、さまざまな調理をする厨房で、室温を安定させるのは現実的ではない。

(3)ただし加熱開始温度=湯せん後の温度を高くすることによって、温度上昇曲線の傾きを緩やかにし、1ターン毎の中心温度上昇速度が急速に逓減した状態にすることは、中心温度の最終的な上昇を安定化させるのに一定の意味がある。

ここまでの実験で以上3つの結果が得られました。
この結果を元に、最も極限値(収束値)に達するターン数が少なかった

休ませ時間=3分

を条件とすると、3ターン目の中心温度をコントロールするために調節できるパラメーターはは以下の2つに絞られます。

(A)加熱温度を上下させる

(B)加熱開始温度=湯せん後の温度を正確に上下させる

この2つの方法について、それぞれ検証してみました。

加熱温度を変えてみる

ここからは、常に休ませ時間=3分・加熱開始温度=40℃にして、極限値(収束値)ではなく3ターン目でストップさせて、加熱温度を140℃から4℃づつ下げていきます。
加熱開始温度=40℃ピッタリにするため、湯せん時間も40℃ x 50分に延長しました。その結果は以下のグラフと表のとおりです。

加熱温度別比較グラフ(124℃〜140℃)
加熱温度別 中心温度分布グラフ

最後の中心温度分布のグラフが最も分かりやすいですが、加熱温度=128℃以下は中心温度の降下が次第に緩やかになっていますが、140℃〜128℃(中心温度=54℃〜57℃)までは、

「加熱温度を4℃下げると中心温度が1.0〜1.2℃下がる」

という、予想外に分かりやすい線形に近い曲線を描いています。
それでは、中心温度分布グラフで中心温度=54.1℃となっている、

加熱温度=128℃ 湯せん温度=40℃ 休ませ時間=3分

のパターンを合計4回試行して、再現性(ばらつきの少なさ)を検証してみます。

平均値は54℃、中心温度分布グラフでの値=54.1℃からのばらつきはプラスマイナス0.5℃とかなり優秀な成績です。

加熱開始温度(=湯せん温度)を変えてみる

今度は、加熱温度=140℃を一定にして、「加熱開始温度=湯せんの温度」を変えてみます。前回の実験では、湯せん時間を変えてみましたが、今回は温度を均質化するとともに精度を上げるため、湯せん時間=50分に統一して、湯せんの設定温度自体を2℃刻みで変えてみます。

加熱開始温度(湯せん温度)別比較グラフ(30℃〜40℃)
加熱開始温度(湯せん温度)別 中心温度分布グラフ

こちらも中心温度分布グラフで見るとかなり線形性が高く、湯せん温度=30℃〜40℃(中心温度=54℃〜57℃)は、

「湯せん温度を2℃下げると中心温度=0.6℃〜1.0℃下がる」

という関係性があるように見えます。こちらも加熱温度調節方式の場合に合わせて、中心温度分布グラフでちょうど54.0℃だった、

湯せん温度=32℃ 加熱温度=140℃ 休ませ時間=3分

のパターンを合計4回試行し、再現性(ばらつきの少なさ)を検証してみます。

平均値=54.3℃で、中心温度分分布グラフの値=54.0℃からのばらつきはプラスマイナス0.6℃と、これも好成績です。中心温度分布グラフからみると、もしかして湯せん温度を1℃下げて31℃にすれば、さらに精度を上げることができるかもしれません。

加熱温度調節方式と湯せん温度調節方式のまとめ

2つの方式のメリット・デメリット

湯せん温度(加熱開始温度)を一定(40.0℃)にしてフライパンでの加熱温度を調節するやり方と、加熱温度を一定(140℃)にして、湯せん温度を調節するやり方は、少なくとも54℃帯での検証では、再現性について甲乙つけ難い優秀さです。どちらも目標中心温度プラスマイナス0.5〜0.6℃の範囲内に収まるようになりました。
再現性(安定性)以外で、それぞれの方式の主なデメリットをあげれば、

【加熱温度調節方式】
◯フライパンの温度自体を140℃〜128℃まで(今回の実験では)変えてしまうので、表面の焼きめの付き方が目標中心温度によって変わってしまう。(これも好み次第ですが)

【湯せん温度調節方式】
Reproで湯せんできる最低温度は30℃なので、目標中心温度=53℃以下にするためには、湯せん温度以外のパラメーター(=加熱温度etc.)も調節する必要がある。

といったところでしょうか。また両方とものデメリット(というか不安材料)は、牛の脂肪の融点(40〜45℃)に近いところで50分間も湯せんしてしまうので、もっと脂肪の多い部位で、このやり方をした時に風味にどれくらい影響が出るかという心配でしょうか…
ともあれ、この2つのやり方で、かなり高精度に目標中心温度を狙えることが分かったので、今回の壮大な実験のいったんの成果(実に100回以上ステーキを焼きました)として、

加熱温度調節方式での目標中心温度=54℃
湯せん温度調節方式での目標中心温度=57℃


の2つのレシピをRepro公式アプリ(サイト)に公開しておきます。

【加熱温度調節方式 目標中心温度=54℃】

これが加熱温度調節方式で目標中心温度=54℃に設定したReproのマルチステップです。ポイントは湯せん温度=40℃ではなく41℃に+1℃で設定していること。
40℃ぴったりに湯せんしてしまうと、真空パックから肉を取り出すとともにRepro上の鍋をよけてフライパンに置き換え、加熱をスタートさせるという作業の間に肉の中心温度が若干下がってしまいます。
なので、あえて設定温度を1℃オーバーシュートさせて、諸々の準備をし、フライパンの表面温度を上げた上で、肉の中心温度が40.0℃ぴったりに下がるまで待ってから(かかる時間は、ほんの数分です)、タイムラグなしにフライパンに肉を乗せています。

こちらはレシピ名「FLIPステーキ54℃(加熱温度調節)」として公開しておきます。


54℃以外の中心温度にしたい場合は、このレシピをベースに、加熱温度調節方式の中心温度分布グラフから最も近い加熱温度を選択して変更してみてください。(加熱温度を設定するステップはSTEP04〜STEP11まで合計8つもあるので、ちょっとめんどくさいですが)

【湯せん温度調節方式 目標中心温度=57℃】

これが湯せん温度調節方式で目標中心温度=57℃に設定したReproのマルチステップです。実際には「湯せん温度=39℃」は、まだ検証していませんが、中心温度分布グラフから想定すれば湯せん温度=39℃にすれば、中心温度=57℃になるはずです。(あくまで想定ですが)ポイントは加熱温度調節方式と同様の理由から湯せん温度=39℃ではなく39℃に+1℃で設定していることです。

こちらはレシピ名「FLIPステーキ57℃(湯せん温度調節)」として公開します。


57℃以外の中心温度にしたい場合は、このレシピをベースに、湯せん温度調節方式の中心温度分布グラフから最も近い湯せん温度を選択して変更してみてください。(こちらはSTEP01とSTEP02の合計2ステップを変更するだけなので比較的楽です。)

最後に

ここに至るまで100回以上もステーキを焼きましたが、レシピを突き詰めるには、まだまだ検証数が十分とは言えません。好奇心旺盛なみなさんに、ぜひとも「追試」をしていただければ幸いです。
ちなみに、今回はSCANPAN CTX 20cmを使用しました。

SCANPAN CTX 20cm


Repro公式アプリでプロファイルを公開されているフライパンの中でもバランスとレスポンスが良いアルミ・ステンレス多層構造のものです。似たような熱伝導特性を持ち、プロファイルが公開されているものとしては、中尾アルミのキングフロンや北陸アルミのIHハイキャストなどがあります。
追試の際には、鋳鉄製の製品などではなく、これらの熱伝導特性のバランスが良いフライパンのご使用をお勧めしますが、一方でフライパンによってどれだけ違いが生じるのかも興味あるところです。
また今回は、「厨房の室温を制御するのは困難」という立場から、室温についてはあえて考慮していませんが、実際には、加熱温度調節方式にせよ、湯せん温度調節方式にせよ、本当はフーリエの法則が働いて、室温が微妙に影響しています。ざっくり言うと室温が2℃違うと、仕上がりの中心温度は約0.5℃変わるようです。なので室温=25℃台で追試していただくと、おおよそ今回の実験とあまり変わらない結果になるはずです。

いずれにせよ、今回のような実験ができるのも、フライパンの表面温度を一定に保つことができるReproがあればこそ。
ぜひとも有志の方の「ステーキ工学を追求する実験」へのご参加をお待ちしています。(笑)