ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(3)53〜57℃実験編

前回の実験で、安定的に「目標中心温度=54℃±1℃」にする焼き方は一応できました。今回は、54℃だけでなく好きな目標中心温度にする方法を模索していきます。この実験では53〜57℃、つまりは「ミディアム・レア」の各温度をカバーすることを目標にしてみます。改めて、今回のマルチステップを見てみましょう。

53℃〜55℃は湯せん時間の長短で決められる?

まずは「フライパンで加熱温度=140℃ x 30秒 x 6面 + 休ませ時間=3分」というFLIP焼き工程前の「STEP03」の「40℃湯せんの時間を変える」ことにより53℃〜55℃は目標中心温度をコントロールしてみます。

53℃は湯せん時間=5分

前回の「ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(2)54℃実験編」で説明したとおり目標中心温度=54℃の場合、40℃湯せんの時間=7分でしたが、STEP03を5分に短縮すると、中心温度=53℃±1℃のレンジに収めることができます。

湯せん時間を54℃の時の7分→5分に短縮することで、FLIP開始温度が54℃の場合の29.4℃から27.5℃とほぼ2℃下がります。すると仕上がりは最低52.6℃、最高53.7℃で平均値=53.2℃に収まります。

55℃は湯せん時間=9分

55℃の時は、逆に54℃の時より、STEP03の湯せん時間を2分延長して9分にします。

湯せん時間を7分間→9分間に増やすことで、中心温度は29.4℃→32.0℃に2.6℃上昇しています。これもプラスマイナス0.3℃以内にブレは収まっており、平均値も54.9℃とかなり良い成績です。

56℃以上は「湯せん時間」ではコントロールできません

しかし「湯せん時間の長短=フライパンでの加熱開始温度」でコントロールできたのは53℃〜55℃の範囲内だけでした。この後は湯せん時間をいくら延ばしても中心温度は55℃より上昇しません。
ここで、「ステーキの芯温を1℃刻みの正確さで焼く方法(1)考察編」での話を思い出してください。

140℃・30秒 x 6面 + 休ませ時間6分の場合、このFLIPのターンを何回繰り返しても肉の中心温度は52℃以上に上がりませんでした。休ませている間に肉の表面から熱が外に逃げ出し、ある一定以上 中心温度を上げることができないのです。そのため休ませ時間を6分→3分に減らしました。
これで55℃まではなんとか中心温度を上げることができたのですが、「休ませ時間3分」だと中心温度の上昇は55℃が限界です。
中心温度を56℃以上にするためには、「湯せん時間」ではなく、「休ませ時間」を減らすことが必要なのかもしれません。

56℃は休ませ時間=1分 湯せん時間=9分

中心温度を56℃±1℃にするためには、加熱温度140℃・30秒 x 6面の後の休ませ時間をこれまでの3分→1分に減らしました。

最大幅は1.1℃(±0.6℃)で4回の平均値は56.0℃ぴったりに落ち着きました。

57℃は加熱温度=143℃ 休ませ時間=1分 湯せん時間=9分

加熱温度=140℃ 休ませ時間=0分を試してみようかと思ったのですが、そうするとあまりにせわしなく、途中の温度を測るのも大変なので、表面の焦げ具合への影響を最小にするため他の工程は56℃とまったく同じにして、プラス3℃(=143℃)に加熱温度を上げてみました。

最大幅は0.5℃、平均値は56.5℃と、目標中心温度を0.5℃下回っていますが、ファインチューニングは、次回に譲るとして、いったんはこれでOKとします。

【実験の結論とまとめ】

FLIPステーキには極限値(収束値)がある

ここまで実験してきて、賢明な読者の皆さんはすでにお気づきかと思いますが、
一定の加熱温度で30秒づつ6面を均等に焼いたのちに、一定時間休ませる
のターンを繰り返すと、ターンが増えるごとに中心温度の上昇率は逓減していき、仮説としては以下の関係が成り立つ関数が必ず1つは存在すると考えられます。

つまりは「FLIP+休ませ」のターンを無限回繰り返すと、中心温度の上昇率はどんどん下がり、いつかは必ずある一定の中心温度に収束(数列的に言えば「収束値」、関数的に言えば「極限値」が存在)すると言うことです。
言い換えれば、肉の中心温度がある一定の値まで上昇すると、フライパンで加熱された熱量は休ませ時間にアルミホイルを通して放熱される熱量と均衡してしまい、それ以上は何回「FLIP+休ませ時間」を繰り返しても、中心温度を上げるためには使われないということです。言い換えれば、熱伝導方程式の元になっている「フーリエの法則

により、常に熱の流れは温度勾配の大きい方に流れやすくなる(=温度勾配に比例する)ということです。(もっと簡単に言えば、熱はより冷たい方に伝わりやすくなる、ということです)

グラフを見ると53℃・54℃・55℃は収束値に近づいているように見えますが、56℃と57℃ははまだ漸近線に向かっていないようです。この2つの温度については追試が必要でしょう。

もしすべての温度で極限値(収束値)を利用したFLIPステーキの焼き方ができるのであれば、それが最も洗練された手法な気もします。
フライパンであれオーブンであれ、この繰り返しを続ける限り、どこかで肉の中心温度は一定以上に上がらなくなるので、少なくとも「(中心温度についての)火の入れ過ぎ」と言う事態は自然法則によって避けられるわけです。
おしゃれなフレンチ・レストランが小さなココットに入れた肉をオーブンで短時間加熱し、常温で短時間休ませるを繰り返す理由もうなずけます。


しかしながら「言うは易し、行うは難し」です。
極限値(収束値)は、基本的に「加熱温度と休ませ時間の組み合わせ」で決定されるので、その最適な組み合わせを見つけられれば、いつでも同じ火入れが可能になります。
ですが実際にやってみると、この「最適な加熱温度と休ませ時間の組み合わせ」を見つけることは至難のわざです。そもそも上にある「休ませ時間=6分」の場合、52℃に収束するまでに10ターンも繰り返しています。それを3ターンで収束値(もしくはほぼそれに近い値)にすることはできるのでしょうか?

今後の改良点と実験に際しての留意点

この極限値(収束値)問題以外で、これまでの実験を通して、改良すべきと考える点を挙げておきます。
これまで「休ませ時間」について「3分」とか「2分」とか「1分」とか書いていましたが、この数字は本記事の最初に掲載しているReproの「マルチステップ」上のSTEP12「待機ステップ」の時間です。
まずは分かりやすい構造にしたかったので、待機ステップにしていますが、待機ステップ中は加熱が一時停止しています。
そのため、肉をフライパンから外しアルミホイルで覆い、休ませている間にRepro上のフライパンの温度はSTEP05へのループバックをタップするまで、どんどん下がっていきます。そうすると、ループバックをしても、またフライパンの表面温度が140℃に戻るまで、さらに待ってから次のターンに入ります。

SCANPAN CTX 20cm

今回の実験では、「SCANPAN CTX 20cm」を使いました。このアルミ・ステンレス多層構造のフライパンはレスポンスとバランスが良く、いったん下がった表面温度を素早く戻してくれます。それでも、

  • 休ませ時間=3分の場合 140℃→99℃ 140℃への復帰時間=44秒
  • 休ませ時間=2分の場合 140℃→107℃ 140℃への復帰時間=37秒
  • 休ませ時間=1分の場合 140℃→118℃ 140℃への復帰時間=46秒

140℃に戻って、次のターンに入るまではこれだけ余分に時間がかかっています。つまり実際の休ませ時間は、

  • 53〜55℃の場合 休ませ時間=3分(実休ませ時間=3分44秒)
  • 56〜57℃の場合 休ませ時間=1分(実休ませ時間=1分46秒)

となっています。このスピードで140℃に復帰できるのは、現在Reproプロファイルが公開されているフライパンでは、中尾アルミのキングフロン、北陸アルミのIHハイキャストぐらいでしょうか。
しかし他のフライパンでも使えるように汎用性をもたせる=待機ステップ上の待機時間と実際の休ませ時間をできるだけ近似させる方法は単純です。
マルチステップ上のSTEP12を「待機ステップ」ではなく、それまでの加熱温度と同一温度の休ませ時間分の「加熱ステップ」に変更すれば、休ませ時間中もループバック後も、加熱温度がキープされています。これならフライパンのレスポンスにあまり影響を受けることなく、かつタイムラグがほぼ無い正確な休ませ時間で焼くことが可能になります。
ということで、次回は53〜54℃を湯せん時間レシピ→収束値レシピ(休ませ時間の長短で調節するレシピ)に変更するとともに、「待機ステップ」→「加熱ステップ」にも変更する改良を加えたいと思います。

まとめとおさらい

ここまでのまとめとおさらいを改めて。

(1)常温戻しの工程は重要です。
それは中心温度を一定にすることより、「肉全体の温度を均質化してある程度の温度まで上昇させる」ための作業です。4cm角立方体の場合、最低でも45分の常温戻し時間が必要でした。

(2)湯せんは「FLIP焼き+休ませ時間」を無限回ではなく、3ターンで終了させる(収束値に達する)ために「加熱開始温度を上昇させる」ことを目指した作業です。

(3)FLIP焼き+休ませ時間という焼き方の「極限値(収束値)があり、ターンを無限回繰り返すと中心温度が一定以上にならない」という性質を利用して目標中心温度を正確に再現するのが合理的。(ただし3ターンでそれを実現するのはかなりの困難が予測されますが…)

次は、この3つの実験結果(改良点)を盛り込んで、最終的に現時点で最も合理的と思われるFLIPステーキのレシピを完成させたいと思います。