低温調理にかくはんは必須?

湯せんタイプの低温調理器

 低温調理器と言うと、例えば「A●OVA」とか「B●NIQ」とか、円筒状の、いわゆる「湯せんタイプ」を連想しますよね?
内蔵するスクリューで真水(お湯)をかくはんしながら、これまた内蔵したシーズヒーター(つまりは電熱線)で加熱し、一定の温度を保つというタイプで、最も一般的です。

【湯せんタイプのメリット】
値段も手頃で、お手軽に容器内の真水(湯)を均質に一定温度にできる。

【湯せんタイプのデメリット】
スクリューがあるので真水しかかくはんできず、低温調理したい食材を冷凍用保存袋(これが正しい表記だそうですが、つまりはジップロック)や真空パックする必要がある。=スープやだしなど大量の液体の調理には非効率。

Reproでの加熱

 これに対してReproは、普通にコンロで煮物(もしくは低温調理)をするように、かくはんせず液温を一定にします。そもそも「出汁をひく」など、あまりかき混ぜたくない料理もたくさんありますし…
かき混ぜなくてもある程度、液温を設定した温度に一致させるための複雑な制御計算が内部では行われているので、
「60℃で1時間昆布のだしを抽出し、85℃に温度を上げてからかつお節のだしを抽出する」
みたいなことが問題なくできてしまうわけです。

…いや、今は湯せんタイプの低温調理器をディスっているわけでも、「うちの製品の方が優秀だぜ」と誇示しているわけでも決してありません。
「かき混ぜなくても…」とか言いながら、Reproにも湯せんタイプの低温調理器として使うためのオプション品があるんですから。

Reproのスティラー

Reproオプション品 スティラー (詳細は写真をタップしてください)

これがそのオプション品「スティラー(かくはん器)」です。他の湯せんタイプの低温調理器にそっくりのフォルムで、使い方も基本的に同じです。
違いは、他の低温調理器の場合、スクリュー(モーターも含め)・温度センサー・シーズヒーターで構成されているのに対し、Reproのスティラーはシーズヒーターの代わりに、加熱自体はRepro本体が行なうというだけです。もちろん真水しか、かくはんできません。(ユーザーさんの中にはとんでもないものをかくはんしている方もいらっしゃるようですが、故障等は保証の限りではありません)

低温調理にかくはんが必要なのは対流の問題

 さて、ここからが本題です。湯せんタイプの低温調理器はだいぶ普及しましたが、持っていない方もたくさんいます。
ガスコンロと鍋と温度計で「昆布を60℃で1時間…」をこなしている人もいますし、色々なやり方でローストビーフや蒸し鶏(正確には煮鶏ですが)の低温調理を実現している人もいます。
Reproだって「複雑な制御計算が…」とか自慢しましたが、もちろん限界はあります。
でも「湯せんタイプの低温調理器」をお持ちでない方の多くは、かくはんしなくてもおおよそうまくいっていませんか?

この話の根本にあるのは「対流」です。
昭和の時代にお風呂でたまに経験した「お湯が温まっていると思って入ったら下の方はまだ水だった」(=対流が起きない(小さい)と水の温度に偏りが発生する)という問題が「かくはん」をしなければいけない最大の理由です。

ただ「対流の力」は、水の温度が上がるにつれて自然と大きくなるわけで、熱い番茶を淹れるために湯を沸かす時、ポットの中をかくはんする人も少ないと思います。

ローストビーフにかくはんはどれくらい必要か?

 ところで低温調理の代表選手と言えば、ローストビーフとか蒸し鶏(煮鶏)とか、つまりは60℃〜70℃あたりの温度帯を使う料理でしょう。もちろん40℃帯で「サーモンのコンフィ」を作るつわものもいらっしゃるでしょうが…
そこで今回はローストビーフをReproのスティラーを使って低温調理した場合と、通常の外部センサーを使って低温調理した場合(=かくはんはしないということ)のローストビーフの芯温の違いを実験してみることにしました。
低温調理で使われる頻度が最も高い温度帯での「かくはん」の有無がどれだけ仕上がりに影響するのか分かるはずです。
もちろん大容量の容器で、大量の食材を低温調理する場合には「かくはん」した方が良いに決まっています。今回はあくまでも一般家庭にあるような鍋のサイズで、数百グラムぐらいのローストビーフを作るという「ありがちな場合」を想定しての実験です。

ローストビーフの材料

牛ランプ肉 348g

ローストビーフの材料は、牛ランプ肉です。できるだけ等分に切ろうと思いましたが、
1回目 スティラー使用実験(かくはんあり)⋯308g
2回目 外部センサー使用実験(かくはんなし)⋯348g
です。
まあ3時間加熱するので、このぐらいの重量差は許容範囲内でしょう。これに重量比で0.8%の塩をすり込みます。通常は常温に1時間ぐらい戻すのですが、今回はできるだけ2回の実験のスターティングの芯温を揃えたかったので、冷蔵庫から出して塩を打ったらすぐに真空パックして低温調理にかけます。

スターティングの芯温は3.1℃でした。肉屋さんから買ってきたばかりなので、ちょっと低いかな⋯

【実験1】スティラーを使って59℃・3時間(かくはんあり)

1回目・2回目ともジオ・プロダクト ポトフ鍋22cmを使用します。Reproは他の湯せんタイプの低温調理器と異なり鍋底をIHで加熱するので、肉が直接鍋底に触れないように小さめの金網を敷いておきます。水量は3.5L入れました。


真空パックした肉を金網の上に置き、浮いてくるので重しをしました。

鍋のふたをずらしてかけ、スティラーとの隙間をアルミホイルでできるだけ覆い、加熱をスタートします。

59℃で3時間キープ。ほぼ59.0℃±0.1℃ぐらいの感じで推移していきます。

スティラー使用(かくはんあり)の芯温は


3時間後の芯温を、低温調理用温度計として世界的に定評のあるHANNAのHI935005という温度計で計測してみると、結果は59.0℃ぴったり。
これは「奇跡」ですね。正直出来過ぎです。
実は温度計って製品差と言うか個体差が結構あるもので、高価な科学実験用の温度計同士でもこんなにピッタリ合ったのはまず見たことがありません。

こちらは、低温調理後に表面温度=170℃のフライパンで6面に30秒づつ焼き目を付け、カットした写真です。
それなりに火が入っていて、まあ安全側に寄せている感じですが、きれいな仕上がりです。
実験で何回も作ったらとても食べ切れないので、少しでも日持ちさせようと、あまり攻めない(レア側に振らない)設定温度にしていますが、率直に美味しいです。

【実験2】外部センサーを使って59℃・3時間(かくはんなし)

次に外部センサーを使って59℃・3時間 つまり「かくはんなし」の場合はどうでしょう。
実験条件は使用しているのがスティラーか外部センサーか?が異なるだけで、他の条件はまったく実験1と同様です。

外部センサー使用(かくはんなし)の芯温は

「かくはんなし」の結果は芯温「59.6℃」。あれれ?0.6℃高めに出ているようです。

ちなみに完成品の断面を見ると色味は実験1(かくはんあり)とまったく違いが分かりません。試食してみても、少なくとも私には「味の違い」は識別できませんでした。

1℃刻みで温度設定ができるReproと言う製品を作っておきながら、なかなか言うのがはばかられるところもあるのですが、ある種のクリティカルな料理、例えば卵黄を使ったカルボナーラとか、このローストビーフ、ステーキのたぐいとかは1℃〜2℃の差が仕上がりに影響するのは間違いありません。
しかし1℃未満の温度差は果たして現実の料理に影響するのでしょうか?正直に言って0.3℃とか0.6℃の温度差による仕上がりの違いを私は識別できません。
たぶん実際の調理で、小数点一桁の温度差に神経質になることはあまり意味のないことだと思っています。そもそも鍋のふたを開けた、とか鍋に換気扇などの風が当たっただけで1℃ぐらい簡単に動いてしまいますからね。

原因はまったく不明…

原因を調べるために、改めて外部センサーで59℃・3時間を行ない、その水温を測定しました。
冒頭でオーバーシュートを若干していますが、10分後ぐらいからはおおむね安定しています。昭和のお風呂の話でも分かるように、もし今回の主原因が「かくはんのあるなし」だとしたら、冷水塊や温水塊がセンサーに接触するたびにグラフにもっと大きな波が現れるはずです。
ちなみに3時間の平均値は、これまたピッタリの59.0℃でした。

0.6℃の差の原因は、まったく分かりませんが、少なくとも芯温が水温より高くなることはあり得ません。
思い当たるとすれば、肉の形がいびつだったので、何回か重しがずり落ちてしまい、それを置き直しました。その時にセンサーに肉塊が接触してしまったのかもしれません。
でも、まあ不測のアクシデントが発生しても0.6℃です。

いずれにせよ60℃ぐらいになると、水のように粘性の低い液体の場合は、それなりに対流しており、水温により変化する熱伝導率(分子の運動量)も含め、温度はある一定のレンジに収束していくことが可能らしいということです。

昭和の風呂と五右衛門風呂

 そもそもスティラーを使わなくても外部センサーだけで、60℃での昆布のだし抽出も、かぶのソテーの焼き崩れを防ぐために60℃に加熱したお湯の中にかぶを10分ぐらい浸けて、かぶの表面だけをペクチン硬化させるのも問題なくできていました。


逆にどうしてこれらの作業が問題なくできたのかを考えてみましょう。

もう一度、昭和のお風呂に話しを戻すと、当時の風呂は湯船とは別に風呂釜があり(多くは湯船の横に配置されていた)、湯船の冷たい水が接続されたパイプを通って風呂釜に入り、釜で加熱された熱いお湯が、これまた温度勾配による拡散の力だけで湯船と接続されたパイプを通って湯船に戻っていく、という構造でした。
だから、「下はまだ水」という悲劇が起きやすかったわけですが、よくよく考えてみれば通常の「湯せんタイプの低温調理器」も、これと似た構造です。ヒーターによって加熱されるのはステンレス製の筒の中だけなので、これをスクリューで強制的に排出・かくはんしてあげないと、あっという間に「昭和のお風呂状態」になってしまいます。そもそも「筒の中だけ熱い」という状態だと温度制御する温度センサーがまともに機能しません。

一方、通常のガス火やIHのコンロ、そしてReproも、風呂で言えば「直焚きの五右衛門風呂タイプ」です。鍋底が、つまり湯船自体が加熱され、熱くなったお湯は比重が軽くなり、自然に上層に上がっていきます。つまり最も対流が発生しやすい構造になっているわけです。

低温調理器は、その誕生当初からほぼ同じ構造なので「かくはんすること」が構造的に必須でした。だから 低温調理=常時かくはんが必須 と私たちが思い込んでいただけかもしれません。

かくはんの呪縛から解放されると

 かくはんの呪縛から解放されると、低温調理のレパートリーが格段に広がります。最も大きいメリットは「煮汁を利用できる」ことです。
例えば、こんなパターン。

「大量のしょうゆなどでチャーシュー(煮豚)を低温調理しつつ、その煮汁をラーメンの返しやスープに使いたい」

寸胴鍋に、よほどパンパンに大量のチャーシューを詰め込まない限り、ある一定温度以上であれば、常時かくはんする必要なくできるはずです。(一定間隔で混ぜてあげた方が良いとは思いますが)

タネ明かしすると…

 タネ明かしをすると、実はラーメン店や肉の専門店からちょくちょく相談される「チャーシューを低温調理した煮汁を使いたいんだけど…」という質問に答えるために行なった実験でした。
このお問い合わせへの回答は端的に言えば以下のとおりです。

「欲張らなければ、十分実現可能です。」

ただ皆さん、一気に作ろうと欲張ってしまいがちなんですよねえ。気持ちはよく分かるのですが…
大量のチャーシューを詰め込めば詰め込むほど、誤差は増えていくはずです。少なくとも木べらなどで時折かき混ぜることができないほど詰め込んでしまったら仕上がりは心配です。
それだけ鍋の中が「カオスな状態」になっていると自然な対流もかなり阻害されるでしょうし。
なのでここから先は、皆さんの自己責任で…

ともあれクリスマスや正月も近いこの季節、湯せんタイプの低温調理器やRepro&スティラーをお持ちでない方も、低温調理でのローストビーフにトライしてみるのはいかがでしょう?

最後にReproユーザーの方のために。スティラーを使ったローストビーフのレシピを公開しておきました。公式アプリでこのレシピを検索し、スティラーをお持ちでない方は、センサー種別を外部センサーに変更して使ってみてください。

【おまけ】ローストビーフの冷凍保存

 実験で出来た大量のローストビーフをどうしようかな~と思案していたら、ニチレイフーズさんのサイトで「ローストビーフは冷凍保存で1ヶ月保存できる」という記事を発見!


真空パックして冷凍庫へしまい込んだので、お正月にでも解凍して、機会があればその結果も報告させていただきます。

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