【story】森の不思議な料理店

その店のスープは絶品

 この料理店のスープは絶品だ。本当に美味しい。
森の中にひっそりと佇むこじんまりとした料理店。元は誰かの別荘だったらしい。
おっとりした感じの女性が、優しそうな表情で料理を出してくれる。彼女がひとりで切り盛りしているようだが、いつ行っても店はお客さんであふれている。

何でも出てくる店

そしてすごいのは、そのメニューの種類だ。和洋中さまざまな料理が並んでいるし、もしメニューにない料理を頼む客がいたとしても、表情一つ変えることなく彼女はそのわがままに応じてくれる。

「◯◯◯は作れない?」
「あるよ〜」

と、昔 流行ったテレビドラマで、客がどんなに無理な注文をしても平然と応じる店主が登場していたが、まるでその店主さながら。もちろん口調はもっと丁寧だが。

僕の隣でアンニュイな空気感を漂わせて、ちょっとした小鉢をつまみにビールをあおる女性。彼女の身に何があったのだろう…
実に満足げな表情で焼魚定食を平らげている男性。心から「ごはん」の美味しさを堪能しているようだ。
真っ昼間から分厚いステーキを2皿も平らげている人もいる。

森に住む魔女

 たったひとりで、いつも満席の客をさばきながら、優しい笑顔でどんな注文にも応じる。常連客の間で、彼女はいつしか森に住みついた魔女なのだという噂がささやかれるようになった。
もちろん冗談半分なのだが。
でも僕は彼女の「魔法」の秘密を知っている。その鍵は今もスープを保温している、あの「黒い箱」にある。

魔女の住む森の夜

 彼女は朝、店に出るとまず黒い箱の上に乗った鍋のふたを開けて中を確認する。彼女はキッチンの裏側にも、さらに2台の黒い箱を密かに所有している。
3つの鍋を確認し、その仕上がりに満足げな表情を見せると、おもむろにその日の準備を始める。野菜を切ったり、ちょっとした副菜を作ったり…

森の中にある料理店の閉店時間は思いのほか早い。夕暮れ時になれば、外はもう真っ暗だから致し方ない。
店を閉めると彼女は、その日の洗い物を終え、食材の準備を始める。黒い箱の上に乗せるのは、寸胴鍋だったり、ポトフ鍋だったり、圧力鍋だったり…
そこに用意した食材を入れていく。

森のブラック企業

 作るものはその日によってさまざまだ。スープはもちろん、出汁だったり、カレーだったり、シチューだったり、デザート用のヨーグルトのような発酵食品だったり…
正月には黒豆なんてことも。
そして黒い箱のスイッチを入れると早々に帰っていく。彼女が帰った後も、黒い箱たちは黙々と料理をし続け、朝にはおおむね完成している。もちろん彼らは営業時間中もフル稼働している。
つまり彼女は「手間のかかる料理」をすべて黒い箱たちに丸投げしているのだ。

ここは田舎でひとりのんびりとやっている料理店なんかじゃない。
24時間フル稼働の最先端料理ファクトリーだ。
この森の小さな料理店は、どうやら超ブラック企業らしい。ただし、休ませてもらえないのは人間ではなく、このReproと言う黒い箱たち…

彼女は言わばメッシ

 そして彼女はサッカーで言えばメッシだ。通常フローや通常メニューは機械にすべてお任せ。わがままな客が、

◯◯◯はできないの?

と言った時だけ、まるでその瞬間を待っていたかのように、おもむろに手を動かす。それは周囲を懸命に走らせながら、自分はピッチの上を散歩するかのように、いつの間にか最高のゴール前スペースにいるメッシのプレーを彷彿とさせる。
だから彼女は、いつものんびりと仕事をしているように見えたんだ…

この巧妙な「ワンオペ システム」について、僕はたまらず彼女にその思いを尋ねてしまった。すると…

だって料理する時に火の前に立っている必要がないって素敵なことですよ。その時間、お客様の前に立っていられるんですから。

森の魔女は優しく微笑みながら、そう答えた。

後から知ったのだが、本当に彼女は都会でひどいブラック企業に勤めていたらしい。そこで体を壊し退職したのをきっかけに、片田舎の森の中にこの料理店を開いたとか。
今日も森の魔女、いや森のメッシは、そのキッチンを悠々と歩いている…

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