サン・セバスティアンのとあるレストラン
僕はスペイン バスク地方サン・セバスティアンのとあるレストランでソムリエをしている。「とあるレストラン」といささか控えめに表現したけど、本当は「世界のベスト◯◯◯」といったランキングにも選ばれている最先端の料理を提供する店だ。
そのステータスを守るため、日々の業務が繁忙を極めるのはもちろん、スタッフすべてが常に新しいものを勉強し続けなければいけない毎日。大変な仕事だけど、このポジションを若くして獲得できたことを僕は誇りに思っている。
ソシエダ・ガストロノミカごっこをやらないか?
そんなある日、シェフが突然こう言いだした。
「次の休みの日に厨房でソシエダ・ガストロノミカごっこをやらないか?」
ソシエダ・ガストロノミカ(SOCIEDAD GASTRONOMICA)、つまりはこのバスク地方発祥の「会員制美食クラブ」のこと。
これまでも斬新なルセットを生み出し続けているシェフがまた新作を思いついて、試食会でも開きたいのか?
練習に疲れたから家でリフティングでも
朝から晩までサッカーの練習をやり続けて疲れ果てた時に、
「今日は疲れたから、家に帰ってリフティングでもしようかな。」という人間しかワールドカップには出場できない、と誰かに聞いたことがある。
うちのシェフも同じタイプだ。何も休みの日にそこまでしなくても…
そう思いつつも、シェフが僕を誘ってくれたことが嬉しくて「ぜひ!」と答えてしまった。
ただのパエリア
そして迎えた当日。シェフは最近愛用しているReproを持ち出して、なんと「パエリア」を作っている。こ、これは?
「何?ただのパエリアだよ。」
確かに何の変哲もない普通のパエリアだ。
「そもそもソシエダ・ガストロノミカって、日頃キッチンを奥さんに使わせてもらえない旦那さんたちが、休みの日にレストランの厨房とかを借りて集まり、オレの作ったパエリアの方がうまい、とか自慢し合っていたのが始まりだろ。」
そう、このバスク地方は今でも「男尊女卑」であり「女尊男卑」でもある独特の風土だ。家庭では女性が強いし、「女とつるむなんて」と男は男同士で集まりたがる。
うまいこと作るもんだなあ
オリーブオイルでミルポワした野菜やいかを炒め、潰したトマトを加え、さらに水(もしくはだし)を加えて他の魚介類を煮た後、いったん具材を取り出して生米を炊く。
米肌が見えてきたら具材を戻し、最後に軽くおこげができるまで加熱して完成。パエリアは存外 手間のかかる料理だ。
だけどシェフがReproのボタンに触ったのは、スタート時と魚介類を加えた時の2回だけ。
「うまいこと作るもんだなあ…」
思わずスーシェフがボソリとつぶやいた。
「AIに感じることと同じだね。料理人は何をすべきで機械は何をすべきなんだろうと考えさせられるよ。私は私よりうまくできるのなら君にでも、機械にでも任せることにやぶさかじゃないな。その分、自分は新作に専念できて、よりクリエイティブになれるから。」
シェフはいたずらっぽく笑いながら答えた。あながち冗談でもない口調で。
それで君たちは?
ついにパエリアが完成した。シェフはパンを振ったりして「おこげ」の具合をチェックしている。どうも満足のいく仕上がりになったようだ。
そして微笑みながらパエリアをReproから下ろしてこう言った。
「これが私のパエリア。ところで君たちは手作りのどんな料理を作ってくれるんだい?」
やっぱりシェフはちょっと意地悪だ…




